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東京地方裁判所 平成3年(ワ)12311号 判決 1994年10月04日

原告

谷口春子こと権春子

被告

井上定雄

主文

一  被告は、原告に対し、金一四二二万七三二〇円及びこれに対する昭和六一年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告は、原告に対し、金五二五七万五二六二円及びこれに対する昭和六一年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告の負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、市街地の幅員約五メートルの道路同士の交差点において、足踏自転車に乗つていた主婦が、その右方から左方に交差点を直進しようとした普通乗用自動車に衝突され、傷害を負つたことから、その人損について賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 昭和六一年八月一日午後一〇時四五分ころ

事故の場所 東京都豊島区目白四丁目一番一号先交差点

加害者 被告(加害車両運転)

加害車両 普通乗用自動車(山梨五六に八四八)

被害者 原告。足踏自転車を運転

事故の態様 原告が足踏自転車に乗り、前記交差点(信号により交通整理の行われていない交差点である。)を目白駅方面から山手通り方向に直進しようとした際、目白通りから西池袋方面に向かうため右交差点を直進しようとした加害車両に衝突された。

2  責任原因

被告は、加害車両を運転中、左右の安全の確認を怠つたため原告に衝突したから民法七〇九条、自賠法三条に基づき、本件事故について損害賠償責任を負う。

3  損害の填補(一部)

原告は、昭和六一年八月一日から昭和六三年九月三〇日までの治療費等として、次のとおり被告から合計二三六二万三二四六円の填補を受け、このうち、次の(2)のうち看護婦家政婦紹介所分を除く四〇八万二〇〇〇円、(6)及び(7)の合計九六二万六四九六円が原告が本訴において請求している分の一部填補に支払われた。

(1) 右期間の治療費 一一〇九万九一九二円

(2) 右期間の看護料 五二八万七〇三二円

ただし、同金額には、有限会社畑中看護婦家政婦紹介所に支払つた二一万四一九八円と有限会社美徳看護婦家政婦紹介所に支払つた九九万〇八三四円を含む。

(3) 右期間の通院費 四七万四一九七円

(4) 右期間の雑費 三二万六五九七円

(5) 右期間の湯治費 八九万一七三二円

(6) 右期間の休業損害(月八万円の割合) 二〇八万〇〇〇〇円

(7) (1)から(6)までに示したものを除くその他の損害 三四六万四四九六円

三  本件の争点

1  損害額

原告は、本件事故により後頭部を強打し、脳内出血、肝機能障害等の傷害を受け、長期間の入通院を余儀なくされ、次の損害を受けたと主張する。

(1) 治療関係費(未払分) 二〇三万四四一五円

内訳 治療費(東京女子医大分九五万九〇一〇円、温泉治療分六〇万二一七八円、整形外科等九万〇四三〇円) 一六五万一六一八円

交通費 三四万一五四六円

雑費 四万一二五一円

(2) 療養看護費 一〇六五万円

原告は本件事故により主婦としての仕事ばかりか、一人で生活することが困難となつたため、昭和六一年八月から昭和六二年七月まで及び昭和六三年一一月から平成三年七月まで、夫が付添看護に当たらなければならなかつた。これに要した費用は、昭和六二年七月までは一月当たり二〇万円、昭和六三年一一月からは一月当たり二五万円である。この療養看護費には、原告の休業損害と原告の入院中に原告の夫が付き添つた付添看護費が含まれる。

(3) 逸失利益 一八一一万二八四七円

原告は、本件事故のため、臭覚の完全欠落、聴覚障害、神経系統の機能障害、精神障害、めまい、頭痛、二本の抜歯、ひざの水たまり、肝機能障害(血小板減少及びこれに伴う皮内出血)を残し、これらを総合すると後遺障害別等級表五級、少なくとも七級、最低でも九級の障害を残し、原告が主婦であることを考慮すると、このため、労働能力が七九パーセント喪失した。そして、原告は昭和八年二月二八日生まれであり一三年間稼働が可能であるから、年収を二四四万〇八〇〇円とし、ライプニツツ方式により中間利息を控除すると、本件事故による逸失利益は右金額となる。

計算 244万0800×0.79×9.3935=1811万2487

(4) 慰謝料 一七〇〇万〇〇〇〇円

入通院(傷害)慰謝料として五〇〇万円、右後遺症の慰謝料として一二〇〇万円が相当である。

(5) 弁護士費用 四七七万八〇〇〇円

これに対し、被告は、右主張を争う。

2  過失相殺

被告は、原告が交通整理の行われていない交差点を通行するに際し、道路の中央から左の部分を通行し、かつ、交差道路から進行する車両に特に注意すべきであるのに、これを怠つたとして、相当の過失相殺を主張する。

第三争点に対する判断

一  原告の受傷の程度について

1  原告が本件事故により受けた損害の額を算定するに当たり、原告の受傷の程度が共通して問題となるのでこの点をまず検討すると、甲二の1ないし7、三ないし六、七の1ないし6、九、一〇、一七ないし二〇、三〇、三二ないし四〇、三三四、三三五の1、2、三三六ないし三三八、乙六ないし九、一一ないし一六、一八、証人河村弘庸、原告本人によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和六一年八月一日の本件事故の後、救急車により敬愛病院で受診したが、意識を失つたため、翌二日、東京女子医科大学病院脳外科に急性硬膜外血腫の傷病名で入院した。X線撮影等の検査の結果、硬膜外出血及びこれによる脳幹の圧迫、頭蓋骨骨折が認められたため、手術時間約七時間を要する緊急開頭手術が行われた。原告は、右出血した血液や髄液が耳から出たこともあつて中耳炎も併発し、同月一二日から耳鼻科にも通院した。また、右手術の際に用いられた薬の副作用のため急性肝炎を合併し、同月五日に肝機能障害が出現したことから(GOT値一一九、GPT値八三)、頭蓋形成手術は後日行われることとなつた。このため、頭蓋骨欠損のままで点滴治療が行われ、とりあえず、同年一〇月一八日退院し、同月二八日から合計六回外来による診察がされた。原告は、昭和六二年一月一九日に頭蓋形成のため入院し、同二一日に右手術を受け、二月四日退院したが、右後頭下内側部分に骨欠損が見られたままである。その後、同月一七日から一月二度の割合で平成三年八月二二日まで合計一〇四回外来通院している。昭和六二年三月二八日の検査ではわずかな大脳萎縮が見られ、同年一〇月五日の診断では脳波に除波焦点が残り、その後の検査においても右脳波異常が認められる。そして、後記認定のめまい発作とは別に、右認定の硬膜外血腫の影響によるめまいもあることから、通院の都度、めまいやけいれんを抑える薬が投与されている。なお、原告は、前示手術の際の二回の頭皮切開のため、右後頭神経痛がある。

前示硬膜外血腫除去の手術の際、原告の左足背部に裂傷があつたので、縫合手術も行つており、その後も、原告は同部の痛みが継続した。

(2) 原告は前示開頭手術後もめまいが続いたため、各種の検査が行われたが、昭和六三年一月二八日の検査では方向固定性右向で眼振あつたり、軽度ではあるが両迷路機能低下が見られた。また、原告の右側錐体骨(平衡感覚を司る三半規管が含まれる。)が骨折していることから、原告の担当医師である河村弘庸医師は、原告には錐体骨骨折に基づく内耳性めまい発作(平衡感覚が麻痺することに起因し、頭の位置を急に動かしたり、体を回転したときに誘発されて生じるめまい)の症状があるとの診断をした。前示の脳の後遺症によるめまいとあいまつて、原告は、時々転倒して家事が十分にできないし、気分もむかむかとする。

(3) 原告は、昭和六一年一二月九日に嗅覚がないとの自覚症状があり、昭和六三年一月から三月間嗅覚の治療が行われたが全く無効であり、平成三年一一月に行われたアリナミンテストでも感覚なしとの結果であつた。前示河村医師は、本件事故による頭部外傷のため、嗅神経が切断され、嗅覚が無くなつたものと考えられるとの意見である。

(4) 原告は、本件事故前は、血液に異常はなく、赤十字に献血する等していたが、前示開頭手術のため、止血剤、抗けいれん剤、抗生物質を投与され、肝機能障害となつた。その後の治療により、GOT値、GPT値等は正常に戻つたが、昭和六二年三月三一日の検査では、血小板の量が正常値は一五ないし三五(一立法ミリメートル当たり一〇〇〇〇個の血小板の量を一とした場合。以下同じ。)であるのに比して九と減少し、元年一一月三〇日の検査では五、同年一二月七日の検査では六・一となり、この影響を受けて少しの打撲でも皮下出血が生じることが多くなつた。平成二年五月三一日の検査では六・〇、平成三年九月五日のそれは九・〇、平成四年一〇月二九日のそれは一〇・二、平成五年一二月二一日のそれは四・一であり、平均すると通常の六分の一程度となつた。前示の皮下出血は、平成元年一二月一四日を例にとると、打撲箇所に掌大から卵大にかけての紫色のあざとなるものであり、片足だけでも数カ所がそのような状態となるものである。そして、血小板減少は肝機能障害に合併することがあり、肝機能障害が著明となると、血小板が減つてくることがある。

(5) 原告は、本件事故の前後を通じて左耳に異常はないが、右耳については、事故直後の昭和六一年八月一二日の検査では、その聴力はすべてのヘルツにおいて五〇デシベル以下と相当悪いものであつた。もつとも、昭和六二年一月八日の検査では四〇〇〇ヘルツと八〇〇〇ヘルツにおいて三〇デシベル前後(なお、その余のヘルツは五〇デシベル以下)と改善がみられるオージオグラムのパターンとなつた。その後も昭和六三年一〇月、平成二年四月、平成三年三月も同様の結果であり平均は五〇デシベル前後である。平成四年三月一九日の純音聴力検査の結果では六七・五デシベルの難聴と診断されている。この聴力障害は、聴神経が錐体骨内にあるため、前示右側錐体骨骨折が原因と考えられるものである。もつとも、原告は、よく聞こえる時と聞こえない時があり、右難聴にかかわらず日常生活で始終不便ということでもない。なお、原告は、同病院の耳鼻科には昭和六三年六月二三日から平成三年三月二二日まで合計一一日通院した。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  右認定事実に基づき原告の後遺障害を検討する。

(1) 平衡感覚の障害について

原告には、硬膜下血腫除去手術後、脳波に除波焦点が残る等脳波異常が認められ、これによるめまいがあること、抗けいれん剤の投与が必要であること、二回の頭皮切開に起因する右後頭神経痛があること等を斟酌すると、これのみの障害として評価すれば、硬膜下血腫除去手術後には、局部に頑固な神経症状を残すもの(一二級一二号)に該当する後遺障害があるものと認められる。なお、乙一によれば、自算会新宿調査事務所は、平成二年八月三〇日に、右後遺障害の程度を一二級一二号に該当するものと事前認定していることが認められる。

しかしながら、原告には右錐体骨骨折に基づく平衡感覚異常に起因する内耳性めまい発作があり、右脳内部に起因するめまいとあいまつて、時々転倒して家事が十分にできないし、気分もむかむかとするのであり(原告が専業主婦であつて、身体を常に動かす作業を行う必要があり、特に拭き掃除の場合は、頭位を始終動かす必要があつて、右めまい発作の原因となる。)、この点を合わせると、右一二級一二号よりも重度の平衡感覚の障害があるものと認められる。

(2) 嗅覚脱出について

前認定の事実によれば、原告には嗅神経切断により嗅覚を喪失したものと認められ、右後遺障害は一二級に相当するもの評価される。なお、乙一によれば、自算会新宿調査事務所は、平成四年四月二八日に、右後遺障害の程度を一二級相当と事前認定していることが認められる。

(3) 肝機能障害について

原告は開頭手術直後に薬物投与による肝炎を引き起こし、その後の治療によりGOT値、GPT値等は正常に戻つたものの、血小板の量が通常の六分の一程度となつている。そして、血小板減少は肝機能障害に合併することがあり、肝機能障害が著明となると、血小板が減つてくることがあること(甲三三四、証人河村弘庸により認める。)、及び原告の血液は本件事故前は正常であつたことから、右肝炎による肝機能障害が原因となつて血小板の減少を来したものと認めるのが相当である。

血小板減少自体は、通常は労働能力に影響を与えるものではないとしても(ちなみに、乙二一ないし二三によれば、自算会新宿調査事務所は、平成六年四月二八日に、血小板減少の事実を認めながら、右後遺障害非該当と事前認定していることが認められる。)、原告が専業主婦として身体を常に動かす作業に従事し、家具や買物袋等との接触が頻々あることが容易に推認し得るところ、血小板の減少に伴い少しの打撲でも皮内出血が生じることを参酌すると、右血小板減少の障害は、原告にとつては直接労働能力に影響を与えるものというべきであり、これが肝機能障害に起因することも斟酌すると、一二級に相当する後遺障害と認めるのが相当である。

(4) 難聴について

原告の右耳は、本件事故の結果、錐体骨骨折が原因と考えられる難聴となり、その程度は、聴力検査の平均が五〇デシベル前後である。しかし、よく聞こえる時と聞こえない時があり、右難聴にかかわらず日常生活で始終不便ということでもないことに鑑みれば、その後遺障害の程度は、一四級三号に該当するものと認めるのが相当である。

(5) 総合判断

以上の各後遺障害の内容及びその箇所が数カ所にも及ぶことを考慮し、また、原告が主婦であつて、料理を作るに当たつて嗅覚も重要であることも斟酌すると(ちなみに、甲三一によれば、原告は、嗅覚喪失により、なべをいくつも焦がしたことが認められる。)、単純に後遺障害別等級表備考七aの本文を適用するのではなく、原告は、本件事故により、九級に相当する後遺障害を残したものと認めるべきである。なお、症状固定日は、甲三二、乙一八により平成四年三月一九日と認める。

二  原告の損害額について

1  治療費関係 二〇三万四三一五円

甲四一ないし三三二、原告本人によれば、原告は、昭和六三年九月三〇日から平成三年一月三一日までの間、治療費等に次のとおり支出したことが認められる。

(1) 東京女子医科大学病院の治療費のうち九五万九〇一〇円は、原告自身が負担した。また、前示足の傷等を癒すため静岡県韮山の温泉等で温泉治療を行い、このため六〇万二一七八円を支出し、さらに、石川整形外科や浅川指圧整骨治療院において治療やマツサージを受け、このため九万〇四三〇円を支出し、結局治療費として合計一六五万一六一八円を要した。

(2) 東京女子医科大学病院への通院や温泉治療のための交通費として、駐車料金六万六四〇〇円、タクシー代一万五三四〇円、ガソリン代一一万七七六六円、高速道路通行料一四万二〇四〇円の合計三四万一五四六円を支払つた。

(3) 東京女子医科大学病院への文書作成料やしじみの購入費等のため、四万一一五一円を費やした。

2  療養看護費 七八六万一九三三円

原告は、本件事故により専業主婦の仕事ができず、また、その夫が付添看護に当たつたとして、療養看護費名目で一〇六五万円の請求をするが、その実質は、原告自身の休業損害と付添看護費の請求と解される。

そして、前示の治療経過に照らせば、昭和六一年八月一日から昭和六二年二月四日までは、家事に従事することが不可能であり、同月五日から平成三年八月二二日までは、各科への通院、湯治、自宅での静養のため、家事に従事することに相当の困難を伴つたものと推認される。このことに、被告が一二〇万五〇三二円を費やして看護婦家政婦紹介所から家政婦が派遣されたこと(当事者間に争いがない。)を斟酌すると、昭和六一年八月一日から昭和六二年二月四日までは全日につき、また、同月五日から原告が請求する平成三年七月末日までは二日に一日の割合で休業損害を認めるのが相当である。そして、これらの期間の賃金センサスに照らし、原告が主張する年収二四四万〇八〇〇円を基礎として休業損害を算定するのが適当であり、次の計算どおり、休業損害は六七三万三九三三円となる。

計算 244万0800×(188+1638÷2)÷365=673万3933

原告は、夫の付添看護費を請求するところ、前示の治療経過に照らせば、昭和六一年八月一日から昭和六二年二月四日までは、開頭手術、頭蓋骨形成手術等重大な手術を相次いで行つているのであつて、その期間は、夫の付添看護は必要なものであり、甲一二、一三により認められる夫の収入も考慮すると、一日当たり六〇〇〇円として合計一一二万八〇〇〇円の付添看護費を認めるのが相当である。

計算 6000×188=112万8000

3  逸失利益 六九九万六五二〇円

前認定のとおり、原告は本件事故のため総合して九級相当の後遺障害を残したところ、このため、労働能力が三五パーセント喪失したと認めるのが相当である。そして、原告は専業主婦であるところ、症状固定の当時五九歳であり、六七歳に達するまで八年間稼働が可能であるから、症状固定時である平成四年度の賃金センサス女子全学歴全年齢の年収である三〇九万三〇〇〇円を基礎として、ライプニツツ方式により中間利息を控除すると、原告の本件事故による逸失利益は右金額となる。

計算 309万3000×0.35×6.463=699万6520

4  慰謝料 九五〇万円

前示の傷害の重篤性、入通院の日数、治療の経過、後遺障害の部位、程度、内容に鑑みれば、入通院(傷害)慰謝料として四〇〇万円、後遺症慰謝料として五五〇万円が相当である。

5  以上合計 二六三九万二七六八円

三  過失相殺について

1  甲一、三三三の1ないし12、乙三の1、2、四、五の1ないし6、原告本人に前示争いのない事実を総合すれば、被告は、昭和六一年八月一日午後一〇時四五分ころ、目白通り方面から西池袋方面に北進して、本件交差点にさしかかり、一時停止の標識に従い一時停止をしたこと、交差する道路が山手通り方面から目白駅方面に向かう一方通行路(自転車を除く)であつたことから、右前方のカーブミラーを確認し、車のライトがなかつたため、発進して加速しながら本件交差点に進入したこと、他方、原告は、右一方通行路の右側部分を目白駅方面から山手通り方面に向かつて進行し、本件交差点にさしかかつたところ、加害車両のライトに気がつき、一時停止したが、加害車両が一時停止するであろうと思つて、本件交差点に進入したこと、原告の自転車は、加害車両の前部と衝突し、原告は自転車もろとも転倒したことが認められる。

2  右認定事実によれば、被告は、一時停止の標識に基づき停止したものの、交差道路が左方向から右方向への一方通行であることから、右方向の道路の状況を注視することなく発進させたのであり、このことが本件事故の原因となつていることは明らかである。他方、原告も、右一方通行路においては自転車を反対方向に走行させることが許されているが、本件交差点において加害車両が存在するのを知りながら、あえて自転車を発進させているのであり、このことも本件事故の原因となつていることは明らかである。以上の被告の過失と原告の落度の双方を対比して勘案すると、本件事故で原告の被つた損害については、その一割を過失相殺によつて減ずるのが相当である。

3  前示のとおり原告が主張する損害のうち正当と認められる損害額は二六三九万二七六八円であるが、被告がさらに昭和六一年八月一日から昭和六三年九月三〇日までの治療費等原告が本件訴訟において請求していない分として一三九九万六七五〇円を支弁したことは当事者間に争いがないから、同金額も加えた四〇三八万九五一八円が原告の本件事故の総損害であり、同金額についての右過失相殺後の原告の損害額は、三六三五万〇五六六円である。

四  損害の填補

原告が被告から二三六二万三二四六円の填補を受けたことは当事者に争いがないから、右填補後の原告の損害額は、一二七二万七三二〇円となる。

五  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用は、金一五〇万円をもつて相当と認める。

第四結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告に対し、金一四二二万七三二〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和六一年八月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

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